長年、僕の人生は「はげ隠し」との戦いだった。朝、鏡の前で過ごす時間は、日に日に長くなっていった。M字に後退した生え際を、必死で前髪を下ろして隠す。風の強い日は、外出するのが億劫だった。ハードスプレーで固めた髪が、無残にも崩れ去るのを恐れて。プールや温泉なんてもってのほか。髪が濡れるという行為は、僕にとって、隠してきた真実が白日の下に晒される、公開処刑のようなものだった。常に他人の視線を気にし、上から見られているのではないかと怯える毎日。それは、まるで終わりのない、息苦しい牢獄にいるようだった。そんな僕に転機が訪れたのは、35歳の誕生日を迎えた日のことだ。鏡に映る、必死で髪型を取り繕っている自分の姿を見て、ふと、猛烈な虚しさに襲われた。「俺は、一体いつまで、こんなことを続けるんだろう?」と。その瞬間、何かがプツリと切れた。僕は、その足でバリカンを買いに行き、自宅の風呂場で、長年僕を縛り付けてきた髪の毛を、すべて剃り落とした。バリカンがウィーンという音を立てて、僕のコンプレックスを刈り取っていく。それは、不思議と爽快な感覚だった。そして、すべての髪を失った僕が鏡の中に見たのは、悩みにやつれた惨めな男ではなく、むしろ何かを吹っ切ったような、晴れやかな顔つきの、見知らぬ男だった。翌日、スキンヘッドで会社へ行くのは、正直、少し勇気がいった。同僚たちは、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに「お、イメチェンしたな!」「そっちの方が似合うじゃん」と、僕が恐れていたようなネガティブな反応は、どこからも返ってこなかった。むしろ、何かを隠しているような後ろめたさが消えたせいか、「最近、雰囲気が明るくなったね」とさえ言われるようになった。風が吹いても、雨が降っても、もう何も怖くない。朝の準備は5分で終わる。何よりも、他人の視線を気にしなくなったことで得られた、心の自由。それは、僕が失った髪の毛よりも、遥かに価値のあるものだった。はげ隠しをやめたあの日、僕はコンプレックスから解放され、本当の意味で、ありのままの自分を受け入れることができたのだ。
はげ隠しをやめた日!コンプレックスからの解放